物語性のある絵画を制作されている山田さん。
その絵画の物語をエッセイに書いていただきました。
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どこに立っているのだろう。
瞬きを繰り返しているうちに私は暗闇の中にいることに気がついた。
恐る恐る一歩踏だそうとした瞬間、ここが狭い部屋ではないことが分かった。
私の気配を感じたのだろうか、
遠くから警戒して動かない二つの瞳をもつ黒い影がこちらを見ている。
全身に力が入る。
その影から二つの大きな角が生えてきたので鹿であることが分かった。
鹿の後方には、低い位置から狙いを定めて今にも襲ってきそうな六つの光る瞳。
狼なのだろう。
ここは果てしなく広がる闇の世界だ。
木々が両手にたくさんの葉を抱えたように揺さぶりながらざわつく音を出している。
枝の軋む音がした方向を見上げると、小さな光の点が見えてきて、
その横にもうひとつの点がでてきた。梟だ。
梟の体はどちらを向いているのだろう。ここからは分からない。
私は左足に何かが触れたので驚き、
見るといつの間にか大きなライオンが私の横で遠くを眺めている。
私はそっと左手をのばしてその柔らかい鬣に触れたその瞬間、闇が動き出した。
心地よい風が吹いてきて遠くから潮の香りを運んできた。
船の汽笛が聞こえてきたかと思うと、上空では巨大な生き物が翼を羽ばたかせ、
それはまるで打ち寄せる波のようにゆっくりとリズムを刻んでいる。
「あれはドラゴンだよ」ライオンが優しい声で語りかけてきた。
「寒い冬はドラゴンが火を吹いていてこの辺りの空気を暖めてくれるんだ。
春になると別の場所へ行ってしまうよ。」
私は相変わらず鬣を触りながらライオンの声に耳を傾けている。
しばらく遥か上空を飛んでいるドラゴンの影を眺めていると、
私の後ろから小さな足音が近づいてきた。
それはブツブツと呟きながら足早に私の横を通り過ぎていった。白うさぎだ。
うさぎは何かに怒っていて私とライオンに気づいていないようだ。
「あれは自分をうさぎだと思っていないんだ。闇では自分の影を大きく見せられないからね。
誰かに体を小さくされたって怒ってる。」ライオンが教えてくれた。
鬣を掴んだままの私とライオンはゆっくりと歩きだした。
遠くに見える町並みは窓から漏れる灯りで星空のように光って見える。
古い風車は錆びたロボットのように今にも動き出しそうだ。
「さあ、闇の世界を案内するよ。」ライオンは私を見上げて優しく微笑んだ。
山田 静香
好きな作家:ティム・バートン クロード・ベルランド
趣味:音楽鑑賞・読書・映画鑑賞